top of page

プロセス、着眼点、体制のすべてが

新鮮。ビャルケインゲルスは粗削りな

がらもミケランジェロのような強烈な

天才。

BIGではそこで働くすべての人間を敬愛と信頼をこめてBIGSTER(ビッグスター)と呼んでいる。過去BIGで働いていた元日本人BIGSTER達にその経験と将来のBIGSTER達へのアドバイスを語ってもらう。

20180907_266.jpg

​神谷修平

株式会社カミヤアーキテクツ代表取締役クリエイティブディレクター

- BIGで働くことになったきっかけとその動機は?

PLOT時代から作品と、コペンハーゲンのオフィスの雰囲気に強い共感を感じていたから。日本ではすでに隈さんのもとで9年の実務を積んでいました。

- 採用が決まってからのプロセスはどのようなものでしたか?

パートナーたちと、日本とデンマーク間でリモート面接を行いました。その日のことを思い出すと、いまでも緊張します。

自分はBIGに対して何を与えられるか、そう問いながら渡航までの時間を過ごしました。

 

- 実際働き始めてのBIGのオフィスの雰囲気や印象は?

 

思った通り。最高にクリエイティブ。集中と遊びのメリハリも尋常じゃない。

- 現地での生活はどのような感じだったでしょうか?

 

コペンハーゲンは住宅事情が困難で、最初の半年は10回引っ越しました。スーツケースが家だった。人生で初めてのシェアもしました。

 

- 担当したプロジェクトやチームの構成、雰囲気は?

 

主に、シンガポールの高層ビルの実施設計と海外コンペを担当しました。前者は15人くらいの大所帯だったがパートナーが雰囲気よくまとめていました。後者のコンペは自分がリーダーだったこともありインターンやスタッフと一緒にかなり粘って作りました。

Shuhei Kamiya 03.JPG

- どのようなことに日本で働くことと違いを感じたか?

 

日本料理とデンマーク料理くらい違います。プロセス、着眼点、体制のすべてが新鮮でした。例えると、隈さんは日本料理の歴史を変え続ける巨匠。ビャルケインゲルスには、粗削りながらもミケランジェロのような強烈な天才を感じました。僕は文化庁派遣でもあったので、日本に対して何を持ち帰れるかという想いで、ビャルケのもとで働いていました。

 

- 学んだこと、刺激になったこと、BIGのすごさなどは?

 

パートナーたちのかっこよさ。

ひとりひとりのスタッフの自立心。

コーポレート部門の強さ。

 

- 苦労したことは?

 

プロダクションのスピードについていくのに必死だったのをいつも思い出します。

 

- 思い出深いことなどは?

 

良平くんと、たまに飲みに行ったこと。

海外のコンペをなんとかやりきったこと。

コンペ明けのチームディナー。

 

- BIGで今後働きたいと思っている人へアドバイスは?

 

いまのBIGを変えるくらいの日本人スタッフになってほしい。

挑むなら、そんな意気込みで向かってください。

shuhei kamiya 01.jpg

​神谷修平
1982年生まれ.早稲田大学理工学部建築学院卒。
修了後、建築家・隈研吾氏に9年間師事。設計室長として国内外の様々なプロジェクトを担当。2016年、
建築家としての視野をより広げるため、BIGデンマークへ。2017年に帰国し、株式会社カミヤアーキテクツ
一級建築士事務所を設立

homeicon-01.png
  • Instagram
bottom of page